STORY
なぜ、私がGiveNoTaneを始めるのか
支援には、届きやすい場所と、届きにくい場所がある。
私は、その偏りを少しでも減らしたい。
先日、Facebookを開いたら、14年前の今日が表示された。
写真に写っていたのは、スプレーで「Cr」とだけ書かれた一枚の壁だった。
(救助活動において「捜索・確認が完了(Clear)」を示すマーク)
東日本大震災の義援金を集めるイベントを開いて、みんなから預かったお金を握りしめて、石巻へ向かったときのものだ。
あの壁の前に立った日のことを、私は今でも覚えている。
写真を見ながら、なぜ自分はあのとき石巻まで行ったのだろうと考えていた。
すると、その答えは2012年より、もっと前にあることに気づいた。
1995年。
私がまだ三十歳になる前のことだった。
光の当たる場所と、当たらない場所がある。
阪神・淡路大震災。
あのとき、私は西宮にいた。
街の景色は一変した。
家が壊れ、道路が傷み、それまで当たり前だった暮らしが、一瞬で当たり前ではなくなった。
大きな災害が起きると、人の目はテレビに映る場所へ向かう。
神戸には、全国から多くの人が入り、物資も義援金も集まっていた。
それは当然のことだと思う。
困っている人がいるのだから、支援が集まるのはいいことだ。
でも、当時の私は一つのことがどうしても気になった。
西宮では、同じように家が壊れ、同じように生活を失い、同じように困っている人がいて、多くの犠牲者もでた。
それなのに、神戸ほどには知られていない。報道もされない。
知られていないから、ボランティアも物資もなかなか届かない。
同じ被災地なのに、届くものが違う。
私はそこで初めて、支援には光の当たる場所と、当たらない場所があることを知った。
困っている度合いで決まるのではない。
知られているかどうかで、届くものが変わってしまう。
そのことが、ずっと頭のどこかに引っかかっていた。
当時の自分に、大きなことができたわけではない。
サラリーマンを辞め心機一転、建築大工になり、壊れた家をひたすら建て直した。
目の前に壊れた家があれば直す。
困っている人がいれば、自分にできることをする。
それくらいしかできなかった。
でも今振り返ると、GiveNoTaneの始まりは、あの頃すでに自分の中にあったのだと思う。
誰かが動けば、支援は届く。
それから年月が過ぎ、東日本大震災が起きた。
テレビには、連日のように被災地の様子が映し出されていた。
壊れた街を見ながら、私は阪神・淡路大震災のときのことを思い出していた。
何かしたい。
でも、自分一人に何ができるのか。
考えたところで、大したことはできない。
それでも、何もしないよりはいいと思った。
そこで、義援金を集めるイベントを開いた。
たくさんの人が協力してくれた。
一人では大きな金額を出せなくても、人が集まれば大きくなる。
一人では被災地まで行けなくても、託すことはできる。
そうして集まった義援金を預かり、私は自分で石巻まで届けに行った。
あのとき強く感じたことがある。
誰かが動けば、支援は届く。
大きな会社でなくてもいい。
有名な団体でなくてもいい。
特別な肩書きがなくてもいい。
たった一人から始めてもいい。
「届けたい」と思う人が動けば、その先にいる誰かへ届く。
一人では小さな力でも、その思いに誰かが加われば、できることは増えていく。
あのとき石巻へ届けたのは義援金だった。
けれど、自分が受け取ったものの方が大きかったのかもしれない。
誰かを助けるのは、大きな組織だけではない。
私たち一人ひとりにもできる。
その実感が、GiveNoTaneのもう一つの原点になった。
2012年、石巻を訪れたときの一枚。
支援の偏りは、今もある。
あれから長い年月が経った。
それでも、今の支援のあり方を見ていると、私はいまだに1995年と同じことを感じる。
支援には、届きやすい場所と、届きにくい場所がある。
寄付も、支援金も、どうしても目立つところへ集まっていく。
ニュースになる場所。
名の知れた団体。
多くの人が知っている問題。
そこには、人もお金も集まる。
それ自体を悪いとは思っていない。
多くの支援が求められているところには、多くの支援が届けばいい。
でも、その陰には、困っているのに誰にも気づかれていない人がいる。
私は、その人たちのことが気になる。
なぜ、同じように困っているのに、支援が届く人と届かない人がいるのだろう。
なぜ、大きな声を上げなければ、その苦しさに気づいてもらえないのだろう。
なぜ、ニュースにならなければ、そこに困っている人がいることまで忘れられてしまうのだろう。
私は今、神戸の六甲道に住んでいる。
歩いてすぐのところに、神戸大学がある。
大学生というと、「もう大人なんだから、自分でなんとかするだろう」と思われがちだ。
でも、実際には生活費に詰まっている学生が大勢いる。
食費を削りながら、それでも学校へ通っている人がいる。
学費や家賃を払うためにアルバイトを増やし、本来は勉強するはずの時間まで働いている学生がいる。
学ぶために大学へ入ったのに、生きていくために学ぶ時間を削っている。
それでは何のために大学へ行ったのかと思う。
子どもへの支援は、少しずつ広がってきた。
子ども食堂という言葉も、ずいぶん知られるようになった。
それは、本当にいいことだと思う。
けれど、大学生になったとたん、支援の対象から外れてしまう。
18歳を超えたからといって、急に生活に困らなくなるわけではない。
だったら、ご飯くらいおごらせてくれ。
私は本気でそう思っている。
毎月の生活すべてを支えることはできなくても、1週間分、1か月分の食費なら支えられる。
その分だけアルバイトを減らして、勉強する時間を増やせる。
今日の食事を心配せず、机に向かえる日をつくることはできる。
それで十分意味があると思う。
子どもたちにも同じことを感じる。
家庭の経済状況だけで、学ぶ機会に差がついてしまう。
塾へ行きたい。
もっと勉強したい。
行きたい学校がある。
そんな気持ちがあっても、家にお金がないという理由だけで諦めなければならない子どもがいる。
その子に足りないのは、やる気ではない。
才能でもない。
ただ、学ぶためのお金が足りない。
だったら、そこを支えればいい。
私は、保護猫を4匹飼っている。
外で暮らしていた猫も含めれば、これまで10匹ほどに不妊去勢手術をしてきた。
猫の保護には、フードや猫砂の支援は集まりやすい。
それは本当にありがたい。
でも、不妊去勢や治療には、まとまったお金がかかる。
一匹の手術を先送りすれば、その間にまた子猫が生まれてしまう。
行き場のない猫を保護し続けるだけでは、終わらない。
これ以上、行き場のない猫を増やさないための支援も必要だ。
そして災害も同じだ。
大きな地震や豪雨が起きれば、多くの人が支援しようと動く。
しかし、すべての被災地が同じように報道されるわけではない。
テレビに映らない。
全国ニュースにならない。
大きな被害として扱われない。
それでも、その場所で家を失った人にとっては、自分の人生を揺るがす災害だ。
報道の大きさと、そこで暮らす人の苦しさは同じではない。
1995年に西宮で感じたことは、今も変わっていない。
知られているかどうかで、支援の届き方が変わってしまう。
私は、そこを何とかしたい。
私は、そこへ届けたい。
誰も見ていないから。
有名ではないから。
大きなニュースにならないから。
支援を求める方法を知らないから。
自分から「助けてください」と言えないから。
そんな理由だけで、後回しにされる人を少しでも減らしたい。
誰かが見つけてくれるまで待つのではなく、こちらから見つけにいく。
誰かが助けてくれるだろうと思うのではなく、自分たちで届けにいく。
「支援してください」と大きな声を出せる人だけを見るのではなく、その声すら出せずにいる人にも目を向ける。
そんな活動をつくりたい。
GiveNoTaneだけで、世の中にあるすべての問題を解決できるとは思っていない。
できることには限りがある。
救える人数にも限りがある。
使えるお金にも限りがある。
それでも、一人に届けることはできる。
一人の子どもが、学ぶことを諦めずにすむようにすることはできる。
一人の大学生が、今日の食事を心配せず勉強できるようにすることはできる。
一匹の猫が、これ以上苦しい環境で増え続けることを防ぐことはできる。
誰にも知られていなかった被災地へ、支援を届けることもできる。
一つひとつだけを見れば、小さなことだと思われるかもしれない。
でも、
その一つを待っている人にとっては、小さなことではない。
一万円で世の中は変わらなくても、その一万円で学び続けられる子どもがいる。
数千円で社会は変わらなくても、その数千円で食事を心配せずにすむ学生がいる。
一匹の不妊去勢手術で、すべての猫を救うことはできなくても、その先に生まれて行き場を失う猫を減らすことはできる。
一つの被災地に支援を届けても、日本中の被災者を助けることはできない。
でも、その支援を受け取った人には届く。
私は、それでいいと思っている。
できないことが100あるからといって、できる一つまでやめる理由にはならない。
だから、私はGiveNoTaneを始める。
WHY GIVEnoTANE
だったら、私は届きにくいところへ届けたい。
支援には、届きやすい場所と、届きにくい場所がある。
だったら私は、支援が集まりやすい場所へさらに集めるのではなく、まだ十分に届いていないところへ届けたい。
ほんの少しでも、その偏りを減らしたい。
だから、GiveNoTaneを始めると決めた。
Giveの種
誰かの未来に手渡す、ひとつの種のこと。
ここまでが、私がGiveNoTaneを作った目的
でも、本当の私の夢は、その先にある。
寄付とは、「余ったお金でするものだ」。そう思っている人は、たぶん多い。
私は、少し違う。
「今年も、これだけ寄付できるくらいには働けた」
「だったら来年は、もっと稼いで、もっと届けよう」
「次は、どこへ届けようか」
そんなふうに考えながら働く人生って、私はいいと思う。
「余ったら、寄付する」ではない。
寄付をするために、もっと頑張ろうと思える。
そして、届けるたびに、「次は誰を応援しよう」と、指を折って考える。
そういう人が、一人、また一人と増えていく社会をつくりたい。
それが、私の夢だ。
大きなことをするために始めるのではない。
GiveNoTaneという名前に込めた「種」は、大きなものではない。
一人が差し出してくれた1,000円かもしれない。
誰かが教えてくれた1つの情報かもしれない。
SNSで誰かに伝えてくれた1回の投稿かもしれない。
一緒に動いてくれる人の数時間かもしれない。
その1つだけを見れば、小さい。
でも、種というものは、最初から大きな木ではない。
小さな一粒から始まる。
一人が差し出した1,000円に、もう一人の1,000円が加わる。
一人が見つけた支援先に、別の誰かが力を貸してくれる。
「自分も少しくらいならできる」と思う人が増えていく。
そして、その小さな種が、本当に必要としている誰かへ届く。
そこから何かが変わり始める。
私は、そんな場所をつくりたい。
支援する人と支援される人を、遠く離れた存在にしたくない。
特別な人だけがする活動にもしたくない。
「少しなら自分にもできる」
その気持ちが、そのまま誰かに届く仕組みにしたい。
とはいえ、種をまくにも、土がいる。
GiveNoTaneは、まだこれから始めるものです。
大きな組織があるわけでもない。
十分な資金があるわけでもない。
これからサイトを整え、支援を受け付ける仕組みをつくり、支援先を探し、必要としていることを確かめ、実際に届けていく。
そして、どこへ、どんな支援を届けたのかをきちんと伝えていく。
その土台を、今つくっている。
私は、GiveNoTaneを私一人の活動にはしたくない。
一人でできることには限界がある。
でも、10人いれば10人分の力になる。
100人いれば、もっと多くの場所へ届けられる。
お金を出せる人がいる。
支援を必要としている人を見つけられる人がいる。
文章を書ける人がいる。
SNSで伝えられる人がいる。
人と人をつなげられる人もいる。
できることは、人によって違う。
それでいい。
私は、同じことができる人を集めたいのではない。
「その思いなら、自分も乗っかるよ」
そう言ってくれる人と一緒に、この活動を始めたい。
最初から完璧な組織をつくりたいわけではない。
一人ずつ加わり、一つずつ届けながら、GiveNoTaneを育てていきたい。
最初の一粒を、あなたと一緒にまきたい。
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